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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5401号 判決

原告

株式会社セントラルファイナンス

右代表者代表取締役

廣澤金久

右訴訟代理人弁護士

土屋良一

被告

西尾夏生

右訴訟代理人弁護士

長塚安幸

望月千鶴

主文

一  被告は原告に対し、金二三万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月七日から支払い済みに至るまで年二九・二パーセントの金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五六年九月三〇日原告に対し、被告の買い受けた刀剣の代金として金四五万円を訴外日本美術会館こと飯沼日出夫に立て替え払いすることを、次の約定にて委託し、原告は、これを受託した(以下「ローン契約」という)。

手数料 金一〇万五三〇〇円

支払方法 昭和五六年一一月から昭和五九年一〇月まで毎月六日限り金一万五四〇〇円宛(ただし、初回は金一万六三〇〇円)を支払う

遅延損害金 年二九・二パーセント

2  原告は、昭和五六年一〇月二〇日右委託に基づく金四五万円を飯沼日出夫に支払った。

3  よって、原告は、被告に対し、既に支払いを受けた合計三二万四三〇〇円を控除した右立替金等残金二三万一〇〇〇円及びこれに対する最終弁済期の翌日である昭和五九年一〇月七日から支払い済みに至るまで年二九・二パーセントの遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は否認する。

2  請求原因2項の事実は知らない。

三  抗弁

1  飯沼は、参議院議員選挙立候補の選挙資金を得るため、刀剣のローン付き売買のオークションを行い、刀剣の購入者のローン分割支払い金については同人がローン助成金の形で購入者に代わって支払うなどの形を取り、ローン会社から立替金を取得することを企て、被告等に対し、刀剣の欲しい者は三六回ないし四〇回の分割払いのローンで格安に刀剣が手に入り、最終的に刀剣の欲しくない者は分割払いのローンで手に入れた刀剣を更に他に転売することにより大きな利殖がえられる上、購入者には飯沼からのローン支払助成金が交付され、飯沼は購入者に一切迷惑をかけない旨言明した。

2  被告は、飯沼の右言明を信じ、刀剣オークションにて刀剣を購入し、その代金支払いのため原告等とのローン契約を締結すべくローン申し込み用紙に住所、氏名を記入し押印して、後の手続きを飯沼に任せた。

3  被告は、実質的に代金支払い義務を負わないと思って本件刀剣売買契約をしたものであるから、右契約は要素の錯誤により無効である。右売買契約と本件ローン契約とは経済的にも法律的にも密接不可分の関係にあり、前者の無効により後者も無効になるというべきである。

4  仮に、無効でないとしても、被告は飯沼の前記1のような詐欺行為により原告の代理人または使者である飯沼と本件ローン契約を締結したものであり、昭和六一年九月九日の口頭弁論期日において原告に対し右契約を取り消す旨の意思表示をした。

5  仮に、右3、4の主張が認められないとしても、被告は飯沼に対し本件売買にかかる刀剣の引き渡しを再三請求したが、飯沼は昭和五八年八月三日頃倒産しこれを引き渡すことが不可能となった。被告は、昭和六〇年一二月九日頃別訴において飯沼に対し右売買契約の解除の意思表示をし、また原告に対しても前記口頭弁論期日において右ローン契約の解除の意思表示をした。両契約は経済的にも法律的にも密接不可分であるから、前者を解除したときには後者も解除できるというべきである。

6  原告は、飯沼と割賦販売に関する契約を締結するについて、飯沼の過去の経歴、業績、資産、信用度、人柄等につき消費者金融業者として尽くすべき調査を十分にせず、かつ、その危険に備え相応の人的物的担保を飯沼から取らなかったうえ、飯沼から持ち込まれる大量のローン申し込み書類を十分調査しなかったためその不自然さにも気が付かなかった。原告が自己の取引上の重大な過失を棚上げして、被告に対し本件請求をするのは、信義則ないし公序良俗に反する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2項の事実は知らない。

2  抗弁3項の主張は争う。

3  抗弁4項の事実のうち取り消しの意思表示があったことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  抗弁4項の事実のうち解除の意思表示があったことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  抗弁6項の主張は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一〈証拠〉を総合すると、被告は、飯沼が代表理事をしていた融資診断士協会より中小企業の融資診断士の資格を取得した者であるところ、飯沼より同人が右資格の法制化運動のため参議院議員選挙に立候補するにつき選挙資金作りに協力する目的で、飯沼の経営する日本美術会館のオークションにて刀剣、美術品等を購入して欲しい旨要請されたこと、そこで、被告は、右要請に協力するため昭和五六年九月二九日頃東京の日本美術会館に出掛けオークションにて長船の刀一振を金二五〇万円で購入し、その代金を月賦ローンで支払うため原告外二社のローンを利用することとし、ローン申し込み用紙に被告の住所、氏名の記入、押印をなし、飯沼に各ローン会社に対する割り振りやその余の記載事項記入などを一任したこと、その結果、飯沼は事後のローン申請手続きを原告に対してなし、原告は、ローンによる立て替え払いを承認するに際して電話で被告に必要事項を確認したことが認められる。〈証拠〉中右認定に反する部分は措信することができない。

右認定事実及び〈証拠〉によれば、請求原因1項の事実が認められる。

二〈証拠〉によると、請求原因2項の事実を認めることができる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

三そこで、抗弁について判断する。

1 被告が本件刀剣を購入するに至った経緯は、一項に認定したとおりであるが、飯沼が購入者に代金の支払い義務やローンの返済義務を負わせないとかそういう趣旨で一切迷惑をかけない旨を被告等に対し言明した事実については、これを認めるに足る証拠はない。かえって、被告本人尋問の結果によると、被告は本件刀剣をいずれ自己の立ち会いのもとに転売するつもりで飯沼に預かっていたものであり、転売による利益も自ら取得する気であったこと、そして、被告は、本件刀剣のローン分割払い金を数回自腹を切って支払ったこともあり、本件刀剣の引き渡しを受けたときは飯沼にローン助成金として支払って貰った分は返済するつもりであったことが認められる。

右認定事実に徴すると、被告に抗弁3項に主張するような錯誤があったとか、飯沼に抗弁4項に主張するような詐欺行為があったと認定することは到底できない。従って、その余の点について判断するまでもなく、要素の錯誤及び詐欺による取り消しの主張は理由がない。

2 被告が飯沼に対し本件刀剣の引き渡し不履行を理由としてその売買契約の解除をしたとしても、被告の原告に対する売買代金立て替え払い委託に基づく本件ローン契約は、別個の契約関係であり、右委託の当時本件刀剣の引き渡し不履行になることが確実であり原告もその事情を知っていた等の特段の事由でもない限り、売買契約の解除を理由として立て替え金の返済を拒むことはできないというべきである。従って、その余の点について判断するまでもなく、抗弁5項の解除の主張は理由がない。

3  原告が飯沼と割賦販売ローン提携契約を締結するについて、信用調査や担保の確保に関し不十分な点があったとしても、原告の立て替え払いローンを利用し現実に立て替えを受けた者に対し、原告がローン契約に従って立て替え金の返済を求めることは、なんら信義則に反せず、また、公序良俗に反するものではない。抗弁6項の主張は主張自体失当である。

4  以上のとおりであるから、抗弁はすべて理由がない。

三よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官鬼頭季郎)

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